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東日本大震災・津波被害の視察

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仙台市若林区・名取市・岩沼市、塩竈市、東松島市、石巻市、女川町と津波被害とその地域地域の復興のあり方を2日を掛けて、視察した。その中でも、ショッキングだったのは、牡鹿半島にある女川町の中心地の被害であった。
石巻から牡鹿に向かって車を走らせた。万石浦では、海がそこまで来ているのに、何の被害もないほど穏やかであったが、丘を越えた途端、「一体、これは何だろう」と思わせるくらいに、街が廃墟になっていた。
基礎は残っているが、これが木造だったのか?鉄骨だったのか?RC造だったのかの?判別も出来ないほどの威力で津波が街を襲ったのだ。RC造の2階建、3階建が転倒するなど、考えられないほどの威力だ。
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d0067498_1761529.jpg20mはありそうな高台にある、女川町立病院から街を見下ろすと、吹く風は心地よく、湾を取り囲む山々の緑、穏やかな海を望むと、きっとよい漁業の盛んな穏やかな街だったのだろうと思えた。
私は何故か自然に海に向かい、合掌したくなり、何とも言えぬ想いが胸につきあげた。高台に病院があって、本当によかったと思えた。しかし、この高台の病院の1階の入り口高さまで、津波は押し寄せたという。

d0067498_17102340.jpg病院の外灯が津波によって傾いている。「強く生きる「女川」」と書かれた旗のように、復興は容易ではないだろうが、あきらめずにがんばってほしいと願った。
私は、津波による建築の被災状況を、自分の目で確認したくて、現地まで足を運んだ。
仙台市や名取市、岩沼市の視察で、どうしたら家が残るのか、何となくではあるが解った気がする。窓の位置、家の前の植栽などの抵抗する物があるかなど、中規模の津波では、建築がある程度、耐えることができるような術はある。ただ視察しながら感じたことは、被災した後の各地域の行政の対応の差が目に着いた。それは何故か、その行政のやる気が地域住民にまでうつり、来年に向けて田の草刈りを住民がしている地域もあれば、仙台市のように未だに田に瓦礫がそのまま放置されている地域もある。来年もそのまま何もしないでいるのかと思うと、急に腹立たしくなってきた。

d0067498_1735657.jpg女川の復興は次元があまりにも違うが、私たちが出来ることは、その地域の産物を購入したり、その地域の産業を活用して、人々にやる気を起こらせることだと改めて思った。
復興支援も、その地域毎に極め細やかなに行うべきで、単にお金や施設だけの問題ではない。
東松島市は、液状化が酷く、地図上は土になっている場所が海の延長にようになっていた。傾いた、瓦礫の中の道を走る、郵便配達人は、まだこの地域に住み続けている人のために、郵便と一緒に元気と安らぎと勇気を届けていると思った。人の働く姿は美しい。
by atelieryou | 2011-08-30 17:46 | 地域

「津波防災まちづくりプロジェクト」始動+「津波防災・木造2階建て住宅」実施設計模型

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 静岡県建築士会沼津地区で、今年は、私が住む地域の小諏訪地区をケーススタディーとして、津波被害を想定した、地域のまちづくりを小諏訪自治会と建築士会で協同で行う。
私の家から海まで500mもない近い地域だが、沼津市としては津波危険地域として指定はしていない。海抜や急深の海の中の地形を考えると、海の近くだが、古くから人が住んできた高台になるのだという。
しかし、海に沿って細長い地形の旧東海道では、実際に大地震が起きて、指定の避難所まで、徒歩10分以内で行けない人も多い。私自身も多分無理だと思う。地域の住民には不安が募っている。
また旧東海道は比較的道は広いが、うなぎの寝床の敷地割のため、南北の道はとてもせまい。かつ古い家が多いため、ブロック塀等も倒れる来るだろう。地域には老人も多い。
様々な条件を整理していくと、少人数でもよいので、一時的に津波から避難できる建物を、地域の人達と建築士で見出していこうと思う。古くからの住宅地で、高台のない地域のため、沼津市からも難しい地域と言われたが、だからこそ建築士の地域貢献活動して、やる意義があるのかもしれない。
沼津市に協力していただき、DIGのファシテーターに建築士がなれるよう、勉強していかなくてはならない。
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 この模型は、現在、実施設計中の、海抜1.5メートルの地域である、沼津市千本港町の家である。震災後、施主とは何度も話し合い、私自身も、沼津市の沿岸部に住む建築士として、建築設計では著名な先生達に、直接、具体的な建築相談もして、様々な意見も聞けた。時には、地域に住む建築士として、私なりの反論もした。
何度も何度も考えぬき、施主と共にこの家の共通の答えを見出してきた。
平常に、海の近くで暮らすには、塩害に強い木造、漆喰の家は快適である。RCでも大津波が来たら、転倒する可能性もある。
30坪程度の小さな家で、建築の基本性能は守りながらも、できるだけローコストの家にする。
理由は大津波が来たら「まず逃げること」「家はあきらめる覚悟を持つこと」だからである。ただし、私自身が北茨城市で、調査、相談に乗ってきたように、1~1.5m程度の津波ならば、木造でも耐えることが出来る家はできる。それは、建築の教科書に書いてあるような、本来の建築の基本的な常識を抑えて行けば、かなり可能なのである。
基礎は、メンテナンスが出来るように高基礎にして、1階の窓は出来るだけ腰壁付きの窓にした。
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屋根も波に対して水を切るように、寄棟と片流れ、切妻、を融合させたような、単純かつ複雑な屋根となる。
太陽光発電パネルを屋根に載せても、効率がよいだろう。
さらに、この家での大きな収穫は、北西の一番条件の悪い部屋が、画家のアトリエのような空間になったことだ。周りを家で囲まれた条件の悪い土地でも、どの部屋もそれぞれの良さ、色を持つ、豊かな場所になっている。
by atelieryou | 2011-08-14 23:24 | 地域

静岡・沼津で木造住宅を中心に設計監理しています。


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